平将門って何者??
「平将門」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか?
きっと多くの人は、
「大手町にある平将門の首塚」の呪い
を思い浮かべる人が多いはず。


(大手町の将門の首塚)
そして、「日本三大呪い」と言われる菅原道真、崇徳天皇、そして平将門。
なので、「怖い」というイメージが多くあるのではないでしょうか?
では、実際のところ、平将門はどんな人物なのか。
それを紐解いて行きましょう。
平将門は、平安京を作った桓武天皇のひ孫である、平高望の三男。
つまり、皇室の血筋ですが、すでに祖父の代で臣籍に降下してます。
とても武勇に優れていたといいます。
が、15歳で京都へ上っています。官位を目指していたのですが、
躁鬱病だったとも言われおり、桓武天皇血筋であっても官位を授かっていません。
京都にいた時に、父親が早逝し、下総国へ戻っています。
祖父の代から、下総国を治めていました。


ので、平将門は、千葉県と茨城県あたりの出身ということになります。
平将門は、とても義侠心に溢れる人でした。
というのも、平将門の乱、勃発の理由からもわかると思います。
そして、人の口車に乗ってしまうところも、実はお人好しだったのかもしれません。
自分自身は、困った人を助けていると思っていても、実は周りの人に利用され、そして汚名は全部、平将門。(実際に戦を仕掛けているのは、平将門なので。)
将門は、武勇に優れていた、と先にお話ししましたが、
自らの腕力を誇る癖があったようです。
ただ、喧嘩は強いが、軍隊を率いて、という戦略はとても不得意。
そこに、策略家だけど、義理人情の深い、そして妻を愛していた。
人を信じやすくて、単純であり、将門のこの性格をうまく生かしてくれる人が側にいたら、
きっと将門は乱を起こしていなかったのではないか?とも思います。
平将門、あなたはどんな印象を持ちましたか?
ちなみに、平将門の首塚は、東京大手町のビルの谷間にひっそりとあるのは有名です。
首から下、胴塚と言われてますが、それは茨城県にある延命院というお寺にあります。


そして、平将門を主祭神にしている神社は、神田明神です。











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